お気に入りの桜がある。昔の通勤路でいつも見ていた桜だ。
天然温泉の久が原湯に面した通りを西に、安祥寺脇の道を通る。ここにある小さな枝垂れ桜が可憐で好きだ。枝振りも控えめなのだが、そのときだけ白くて細長い指先のような花びらを広げる。ちなみに、安祥寺は 「ブラザーズ」という中居くん主演のフジ系ドラマの「長永寺」のロケで使われていた。ある日、脇道を通ろうとすると中高生の一団が屯っていた。お寺の駐車場にはバスが2台ほど止まっていた。境内ではライトのセッティングをしていた。まさかドラマの撮影だとは知らず、一体何なのだろうと疑問に思いながら通り過ぎていた。あの女の子達は追っかけだったのだろう。閑話休題。
 安祥寺を抜けると八幡神社がある。この辺り、坂になっていて低地と丘陵地の境になっている。境内から周囲に伸びる桜の枝々。坂は左右にある桜の大枝に覆われ、花咲くときには天然のアーケードのようになる。
 今でこそ高級住宅地として知られているが、30年ほど前までは近郷野菜の供給地として一面農地だった。池上線から見えるのはキャベツ畑ばかりだったという。この辺りは僅かの間に激変したのだ。
 住宅地として売られるとき、昔あった木々は伐られてしまうことが多いが、久が原では割と残されている。さきほどの桜のアーケードも昔からのものだ。
 久が原駅前のライラック通りの裏通り、個人宅に古木の枝垂れ桜がある。この枝垂れ桜の花びらの色がいい。先程の白いものと対照的に、こちらは紅い。細く垂れた枝にパッパッと咲いている。線香花火のように。花びらは薄紅。たおやかな和服姿の女性が見せるほろ酔い加減の頬の色。湯上がり後の唇の色。
 その先、渡哲也さんの自宅を過ぎるとまた大きな桜の木がある。枝が道路の向かいまで伸びている。これが久が原駅までの道のりの最後の桜。
 美しい枝垂れ梅の花が咲く家。まめに手入れされた鉢植えに覆われた家。毎年、春は花を楽しみながらの通勤だった。

 昨夜、桜達を確認するために久々に久が原駅を降りた。昔の寮までの道のり。商店街の移り変わりの激しさに戸惑いながら散り掛けている花を愛でた。目的地の八幡神社。去年、一昨年もここで友人と二人で夜桜を楽しんだ。
 神社の階段に座る。真正面の壁越しに安祥寺の墓地が見える。遙か遠景では夜空にゆっくりと浮かぶ飛行機の光。さらに見上げると桜花が視界を埋める。電柱に設置された「止まれ」の看板から発せられた、赤い光がソメイヨシノを紅く染める。風もなく、静かな時間が流れる。途中、コンビニで買った酒とつまみで小さな宴会。ボーッと紅い塊を眺めながら。

 小一時間ほど眺めていただろうか。さすがに肌寒くなったので、その場を離れた。安祥寺脇の枝垂れ桜はすでに散っていた。花の命は短くて。命短し・・・。
 ここまで降りてきたのだからと久が原駅に戻らずに池上駅まで歩いた。ここの商店街も変化が見られる。池上には日蓮が入滅したと伝えられる池上本門寺がある。駅から近いのだけれど、また一度も訪れたことがない。力道山の墓所があるそうだが・・・。御会式を見たり、すぐ近くの池上梅園へ訪れたりはしているのだけれど。
 ひょんな思いつきで動いたのだが、なかなか良いひとときを過ごせた。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索