夜遅く、NHK教育に何気なくチャンネルを変えた。
一人の女性が語っていた。女優、荻野目慶子。
久々に見る姿に最初誰だか判らなかった。でも、あの声を覚えていた。
かつてNHK-FMでふたりの部屋というラジオドラマ番組があった。そこで放送された新井素子原作の『グリーン・レクイエム』(1985年2月放送)。原作ももちろん読んでいたが、私にとってこのドラマは決定的なものだった。長い髪の美しい少女「明日香」を演じたのが彼女だった。彼女の声で語られる山村暮鳥の詩。

 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
 かすかなるむぎぶえ ひばりのおしやべり やめるはひるのつき
 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな

 ラジオドラマの凄さを知った。その声が消えない。
 それと同じ声が、しかしその当時よりも遥かに複雑なものが混じったものが聞こえていた。疲れと泣きはらした後の空虚さと乾いた哀しみ。

 彼女は独りで語っていた。
残酷なカメラは語っている彼女をアップで写し撮る。肌の具合や皺も。

 彼女は独りで語っていた。
昔の一点を。それからの日々。そして、今。記憶力の良くない私は10年ほど前のスキャンダルを知らなかった。彼女は事件を語る。それが彼女にとってどんなものだったのか。
  『死に至る病』。
 それは、死にたくても死ぬことが出来ない、死に極限まで近づくが死になることができない、死ぬことを死ぬ、死ぬことすら赦されない状態。
 私は彼女が一度壊れてしまったことを知った。

 彼女は独りで語っていた。
昨年、演劇「マクベス」で演じた魔女役の台詞をぼーっと呟く。
「『きれいはきたない、きたないはきれい』‥‥でも、それが人生なんですね‥‥」
「せっかくうまれてきたのだから、一瞬でいいから、「ああ、この瞬間‥‥」というのに出会ってみたい。」
「ようやく『女優』という仕事が好きになれそう。」
「少し前まで生命に痛みを感じた。切花は只枯れてゆくだけ。それが耐えられなくて。」
「庭に木を植える。それは『いのち』を植えるってことだから。楽になりました。」
「壊れてしまった部分はどうやっても壊れている‥‥」

 壊れてしまった。でもその事実を、そういう自分を捨てることは出来ない。それを抱えつつ、そろりそろりと歩き出そうとする姿が見えた。そして、私はその姿を「美しい」と思った。

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