いぬもあるけば・・・「「僕らが失ったピュア」なんてそこらに腐るほどある」
2001年7月17日 クラブエイジアで行われたスパンクハッピーのライブ。今回のライブを見るきっかけはいつもと違う。雑誌の記事を読んで興味を持った。一度も聞いたことのない人達のライブ。そのためライブを見に行くというよりも小劇団の演劇を見に行く感覚がある。
当日券で145番。尤もこれは前売りも含めての番号だろう。平日だったことと、ドリンクを先に取りに行かなかったこともあって割と前の場所を占めることができた。スタンディングなので後ろからの視線がちょっと痛かったが・・・。
19時半、開演。最初は・・・着ぐるみのペンギンの登場。まさか菊池さんの奥さんが入っているなんてはずないでしょう(笑)。
ペンギンが機材の電源を入れるのに失敗して舞台を下がってから、ジャケットを羽織った菊池さんの登場。恥ずかしそうな、神経質そうな笑顔を浮かべて。QJの文章やインタヴューでも判っていたが、繊細さとセンスの良さを併せ持つ人のように見受けられる。神経質の元は兄への「複雑な感情」故か?兄は菊池秀行という小説家らしい。ギャグのネタにしているところから、それが垣間見られる。
ヴォーカルは岩澤さん。その驚異のキャラクターに、ファンはぞっこん(死語)。その歌声や歌、つまり歌手のとしての彼女の役割は菊地さんが仕掛けたシステムの一部なのだが、彼女の天性のパフォーマンサーが、いや爆弾発言の数々(というか全てがBOMB)はシステムに収まりきれない。「天然・予測不可能性」が「人工・予定調和」を乗り越える快楽。
はっきり言って、彼女は「カワイイ」。「キレイ」に似ている。歌い方、歌声、菊地さんとの掛け合い時に浮かべる表情や眼差し。ただ、「ちょっと変」なのだ。そして、その「変さ」が最高のスパイスになっている。それは「逸脱の変」という周辺性ではない、「独自の変」であり、「中央/周辺」という軸からのズレ、解離性ともいうべきもの。
今回のライブのMC。某外国の南の島に旅行に行って、また行きたいという話があった。その話から大分経ったときに菊地さんから「1000万円、あったらどうします?」と質問された。“お金大好き”岩澤さんはニヘラ〜と顔を綻ばせて・・・「1000万ですかぁ〜」「・・・1000万あったら、南の島、1000回行けますねぇ。(ニヘラ〜)」「なるほどね・・・って、1000回もいけねーよ!」 このMCを聞いて、彼女の精神世界をちょっと垣間見た気がした。岩澤さんは「お金好き」なのだが、それの価値観が実社会とはズレている。あればあるほどいいという彼女にとっての「お金」はお金ではなさそうだ。 「1万円で南の島に行ける」 この言葉から、彼女にとって「1万円」は1万円でないのではと思いついた。彼女にとって「1万円」は何かを為すことのできる「可能性」なのだろう。だから、1000万円あれば、1000回何かをできるのだ。
途中、再出演のペンギンに対して殴る蹴るの暴行を加えたり、ステージに用意されたソファーに岩澤さんを座らせて、「初めて彼女を自室に呼びました」ごっこをしてみたり。歌を歌っているときの振り付け(余りに未完成なので振り付けだと判らないほど)やアンコール時の不手際なども彼ららしいといえばらしい。ちょっとだけ、頭が先走ってしまうのさ〜。
今年の11月頃に彼らのマキシシングルがようやくメジャーレーベルから出る予定・・・らしい。ようやく・・・。しかしヴァンパイヤハンターDのサントラに少し出演予定のお兄さんの影。「兄貴と同じ年にメジャデビューかよ〜(笑)。しかもあっちのレーベルは天下の○ベックス(笑)」ネタにして昇華してみる。
新生スパンクハッピーはこの国に「80年代」を偽造・展開しようと画策する秘密結社だ。菊地さんはイルパラッツオ様役。岩澤さんがエクセル役。尤も落とし穴に落とされるのは菊地さんだが。そんな彼らの歌は戦略的にPOPで、歌詞は素因のあるものの心の奥底に共振を起こさせる。「普通の恋/ありきたりのお話」、それすらも素直に掴むことができなくなってしまった者達の心の奥底に。
当日券で145番。尤もこれは前売りも含めての番号だろう。平日だったことと、ドリンクを先に取りに行かなかったこともあって割と前の場所を占めることができた。スタンディングなので後ろからの視線がちょっと痛かったが・・・。
19時半、開演。最初は・・・着ぐるみのペンギンの登場。まさか菊池さんの奥さんが入っているなんてはずないでしょう(笑)。
ペンギンが機材の電源を入れるのに失敗して舞台を下がってから、ジャケットを羽織った菊池さんの登場。恥ずかしそうな、神経質そうな笑顔を浮かべて。QJの文章やインタヴューでも判っていたが、繊細さとセンスの良さを併せ持つ人のように見受けられる。神経質の元は兄への「複雑な感情」故か?兄は菊池秀行という小説家らしい。ギャグのネタにしているところから、それが垣間見られる。
ヴォーカルは岩澤さん。その驚異のキャラクターに、ファンはぞっこん(死語)。その歌声や歌、つまり歌手のとしての彼女の役割は菊地さんが仕掛けたシステムの一部なのだが、彼女の天性のパフォーマンサーが、いや爆弾発言の数々(というか全てがBOMB)はシステムに収まりきれない。「天然・予測不可能性」が「人工・予定調和」を乗り越える快楽。
はっきり言って、彼女は「カワイイ」。「キレイ」に似ている。歌い方、歌声、菊地さんとの掛け合い時に浮かべる表情や眼差し。ただ、「ちょっと変」なのだ。そして、その「変さ」が最高のスパイスになっている。それは「逸脱の変」という周辺性ではない、「独自の変」であり、「中央/周辺」という軸からのズレ、解離性ともいうべきもの。
今回のライブのMC。某外国の南の島に旅行に行って、また行きたいという話があった。その話から大分経ったときに菊地さんから「1000万円、あったらどうします?」と質問された。“お金大好き”岩澤さんはニヘラ〜と顔を綻ばせて・・・「1000万ですかぁ〜」「・・・1000万あったら、南の島、1000回行けますねぇ。(ニヘラ〜)」「なるほどね・・・って、1000回もいけねーよ!」 このMCを聞いて、彼女の精神世界をちょっと垣間見た気がした。岩澤さんは「お金好き」なのだが、それの価値観が実社会とはズレている。あればあるほどいいという彼女にとっての「お金」はお金ではなさそうだ。 「1万円で南の島に行ける」 この言葉から、彼女にとって「1万円」は1万円でないのではと思いついた。彼女にとって「1万円」は何かを為すことのできる「可能性」なのだろう。だから、1000万円あれば、1000回何かをできるのだ。
途中、再出演のペンギンに対して殴る蹴るの暴行を加えたり、ステージに用意されたソファーに岩澤さんを座らせて、「初めて彼女を自室に呼びました」ごっこをしてみたり。歌を歌っているときの振り付け(余りに未完成なので振り付けだと判らないほど)やアンコール時の不手際なども彼ららしいといえばらしい。ちょっとだけ、頭が先走ってしまうのさ〜。
今年の11月頃に彼らのマキシシングルがようやくメジャーレーベルから出る予定・・・らしい。ようやく・・・。しかしヴァンパイヤハンターDのサントラに少し出演予定のお兄さんの影。「兄貴と同じ年にメジャデビューかよ〜(笑)。しかもあっちのレーベルは天下の○ベックス(笑)」ネタにして昇華してみる。
新生スパンクハッピーはこの国に「80年代」を偽造・展開しようと画策する秘密結社だ。菊地さんはイルパラッツオ様役。岩澤さんがエクセル役。尤も落とし穴に落とされるのは菊地さんだが。そんな彼らの歌は戦略的にPOPで、歌詞は素因のあるものの心の奥底に共振を起こさせる。「普通の恋/ありきたりのお話」、それすらも素直に掴むことができなくなってしまった者達の心の奥底に。
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