体調が悪い。というよりも体力が落ちているのか。妙に睡魔に襲われる。考えてみると確かに睡眠時間が少ないことを思い出した。
 それを理由にかこつけて、6時半に脱出。チケットぴあを覗いて、「野沢ケガニと松田弘のUFOナイト」のチケットを購入。TAMTAMが出演するとのこと。有明で私が席を外していた時にTAMTAMファン仲間のN村くんがサークル席に来てくれた。メモを残して帰ってしまった。「2/8はよろしく」と。だから行かなければならない。
 久々に東急池上線に乗り、久が原へ。骨董屋で行われるゼミ。先生にお年玉をもらった(笑)。「東方年表」の掌中版。只の年表だが歴史や古美術の研究者にはなくてはならない年表。時代小説作家なども過ちを犯さないためにも必要か。中国・朝鮮・日本の帝王や年号の対照便覧。寛永8年の天皇、中国の年号などを知ることができる。それだけだが、これはPBMゲーマーなど妄想力のある人にはとても魅力的な冊子だと思う。ちなみに寛永8年時点の天皇は明正天皇という女帝。将軍は家光。このネタで時代小説のネタを考えてみよう。このころはまだ剣豪が沢山いた。一人の架空剣豪を日本のみならず、周辺国で暴れさせれば・・・。魅力的なキャラを作ればこれで物語が出来てしまう。RPGとしても面白いシナリオができるのでは。年表はそういう妄想の刺激剤となる。
 今日のゼミは乾山焼のお話。名前は聞いたことがあるが、尾形光琳の弟だとは知らなかった。配布資料は先生が成城大学の短大の特殊講義で使ったもの。B3が2枚。それ以外にスライドに寄る作品鑑賞。私は乾山焼だと意識して見たのははじめて。あまり皿ものなどの焼き物には興味ないのだが、乾山の作品には惹かれた。相当のアイディアマンだ。趣味も健康的でいい。職人気質として借り窯で焼いていたときには汎用窯に合せた焼き方、釉薬の使い方をしていたことが判る。それにしても当時の京都に借り窯なるのものがあったとは。イメージ的にはレンタルレコーディングスタジオか。大勢の陶芸家がいた証拠だ。
 面白いのは乾山焼の乾山はブランド名だったという話だ。立田川という和歌を題材にした、川に映える紅葉が描かれた壷がある。これは外側と内側に絵が描かれていて、斜めからみると外と内の絵が相乗効果をもたらす3次元的な絵付なのだが、これはおそらく絵付け専門の職人の手によるものだろうということだ。となると乾山本人はプロデューサー的なところがあったようだ。アイディアを出し、それを形にする。自分で出来ないところは職人にやらせていた。ピンクハウスやワンダフルワールドの、いやカネコイサオの金子功みたいな存在だったのだろうか。(この例え、どれだけの人が判るのだろ・・・(汗))
 ゼミ終了後の談話が面白かった。専攻についてのコメントは興味深い。五島美術館の学芸員時代、新米なのにいきなり主任学芸員として展示会運営を任されてしまい、全国に美術品を借りにいったときの話など。現存する源氏物語絵巻を一同に集めた展示会を初めて開いたときは・・・云々。ある尼寺から仏像を借り受けたときには会場まで尼さん達が読経して付いてきたとか・・・。プロジェクトX顔負けの話があったようだ。

 帰宅後、MT13のPC二人を登録した。今回一人は95年に参加したPCをコンバートしたもの。当時から10年経ったという設定。このPCには特別な思いがあった。私が今まで演じてきたPCの中で最も不幸なまま終わったPC。死よりも辛い孤独と絶望を抱えたまま、終わってしまった。「孤独のまま憎しみの炎を燃やし、人を呪った結果、呪い返しで失明。存在意義を失い、絶望の淵に叩き込まれ、這い上がる機会を得られないまま強制退去された12歳の少年。」コンバートするかずっと悩んでいたのだが、こんなPCがいたという事を知らせることと、MT13上で彼を癒し、立ち直らせなければならないと感じたため、コンバートした。
 PCはPLの分身。多重人格の1つと考えてもいい。となれば、彼に対する処置は呪術的にも心理学的にも私にとって大きな意味があるのだ。
 PCがPLの分身というのは福音の1つでもある。PLが死んでもPCは在り続けるからだ。学生時代、メタルヘッドというTRPGをやっていた。そこで活躍していた「神宮寺葵」という強烈なバウンサーがいた・・・

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