いぬもあるけば・・・「奥華子メジャーデビューに思う(1)」
2005年7月26日 東京は台風直撃という感じらしい。留守にしている私の部屋は持つのだろうか・・・(汗。
そんな中、柏の新星堂カルチェ5で奥華子デビューシングル「やさしい花」発売記念インストアライブが催される。
福岡にいる私に駆けつけられるわけもなく。ただ、無事にイベントが催されることを祈るだけ。
いよいよメジャーデビューだが、奥華子本人はおそらく今後も『変わらない』だろう。しかし、<奥華子>は変わってしまう可能性がある。本人は変わるつもりも、演出されるつもりもないだろうが、人が関係性である故に変えさせられうる。
簡単に言えば、彼女を見る周囲の人の目の変化によって変えられるということ。
そのようにしてある<奥華子>は本人と乖離して存在してしまう。
それが神も禁じた<偶像化/アイドル/転移対象化>に他ならない。
哀しい事に言葉で奥華子を語れば語るほど、それが強度を志向してしまい勝ちな故に、私たちは彼女を<偶像>に仕立て上げてしまう。
「<偉大な雄牛の像>を崇める我等は偉大なり」の論理によって。
そんな中、柏の新星堂カルチェ5で奥華子デビューシングル「やさしい花」発売記念インストアライブが催される。
福岡にいる私に駆けつけられるわけもなく。ただ、無事にイベントが催されることを祈るだけ。
いよいよメジャーデビューだが、奥華子本人はおそらく今後も『変わらない』だろう。しかし、<奥華子>は変わってしまう可能性がある。本人は変わるつもりも、演出されるつもりもないだろうが、人が関係性である故に変えさせられうる。
簡単に言えば、彼女を見る周囲の人の目の変化によって変えられるということ。
そのようにしてある<奥華子>は本人と乖離して存在してしまう。
それが神も禁じた<偶像化/アイドル/転移対象化>に他ならない。
哀しい事に言葉で奥華子を語れば語るほど、それが強度を志向してしまい勝ちな故に、私たちは彼女を<偶像>に仕立て上げてしまう。
「<偉大な雄牛の像>を崇める我等は偉大なり」の論理によって。
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