いぬもあるけば・・・「体験学習」
2005年11月19日 圧縮睡眠の後、シャワーを浴びてスクランブル。
11時半に家を出て、お茶の水駅に。久々にニコライ堂を見ながら、坂を下る。
VSCのセミナーの準備。
予定していた作業が5分で終ったので、会場入り口で参加者の誘導をしてみた。
近くで講演会があるらしいのだが、その会場である「全電通労働会館」が判りにくいらしく道を尋ねる人が数名。
手持ちの資料にゼンリンの住宅地図の縮小コピーがあったので、案内できた。
今日のセミナーの内容はバリアフリーについて考えるための待ち歩き。
有志の視覚障害者の方と車椅子利用者の方と一緒に街を歩く中で当事者意識を持って街を観る視点を養う。
車椅子も貸与され、参加者は互いに乗ったり、押したりする。
ルートは小川町駅から神保町駅まで地下鉄に乗り、地上を歩いて戻ってくる。
出だしでいきなり躓いた。最初に行った出入り口はエレベータもエスカレータもない。
エレベータのある出入り口まで移動。1回に1台ずつしか車椅子は入らない。
地下鉄に乗り込むにしても、駅員との交渉が一々必要になる。
道路は切り下げの段差がちょっと激しいともう登れない。
水はけなどのために斜めになっている歩道は真っ直ぐに進むのが難しい。
歩行や自転車では判りにくい不都合があることが判った。
体験搭乗では、視点が低い事による視界の悪さ、他者からの視線を気にせざるを得ない立場を感じた。
今回の体験学習で一番必要でありながら、身に着いていないとこなすのが難しいと思ったのがコミュニケーションだった。
接客業でもなければ、一人暮らしが長いとおしゃべりをし続ける能力が低下する。
人との間の取り方なども同様のスキルの1つだが、これも接しなければ退化する。
視覚障害者の方のサポートをするときは適切な情報を提供し続けなければならない。
それだけでは互いに緊張してしまうので、他愛の無いおしゃべりが潤滑油になる。
「他愛の無いおしゃべり」が如何に難しいことか。
一輪車に乗るようなもの。出来る人にとっては大した事が無くても出来ない人は継続できない。
勿論、このスキルは車椅子利用者の補助でも同様に必要だ。
逆に言えば、このスキルが未発達な場合、齟齬を生じる。
そして、このスキルが必要な「ケア」を行なう機会は、対象が子供や親などまちまちとはいえ、今後益々増えるだろう。
我々のために態々参加してくれた障害者の方々の言葉
「見下ろして話し掛けるのではなく、(車椅子に座っている)同じ高さの目線で話し掛けてほしい」
「私達(視覚障害者)は文字通り『命懸け』で街を歩いているのです」
セミナー後の打ち上げを御茶ノ水駅前の沖縄料理の居酒屋で。
7時過ぎに退席し、幡ヶ谷に向かう。
たまははきに着いたときには勿論すでにライブは始まっていた。
今日はショーロクラブの笹子重治さんと秋岡欧さんによるDUOのライブ。
1部が終ってから中に入ろうと思ったのだが、入り口を開けて貰ったので中に。
やはり1部が終わりかけるところだった。
1部
天使のキス
サンバの手習い
1部の最後にゲストとしてヴァイオリニストが加わった。
知らない人だったが、「ko-ko-ya」という笹子さんのユニットのメンバーである江藤有希さんだった。
1部終了後、しばしの休憩。座敷にまだ座れる場所があったので、そちらに移動。
笹子さんの手前、具体的には左斜め後。手を伸ばせば演奏中に触れるぐらい。
斜め後なので演奏中はギターに隠れて手の動きが見えない。そんな位置。
2部
デスペール
唇の嵐?
サンタテレザのテレサ:江藤有希さんの作曲
サンチーナ
メモリアス
ピシンニャ
ベベ
マラボイヤード
カラテー
2部は最初の数曲、江藤有希さんが加わって始まった。
改めて笹子さんのギターは凄い。秋岡さんのバンドリンの音も良い。
演奏が終わってしまうのが残念だった。
聞いている分には心地よいが、弾いている方は凄い大変なのだと判っているけれど。
ライブ後はそのままたまははきが打ち上げ会場に。
笹子さん達は本当に弾くのが好きなんだな。
江藤さんが秋岡さんのバンドリンを弾いてみるのに合わせて笹子さんがギターを弾いたり、
江藤さんのピチカートに合わせて秋岡さんがバンドリンを弾きたり。
その様子はよくあるバンド仲間の団欒風景と変わらない。
11時半。流石にまた朝帰りは避けたい。終電に乗れる時間に帰ることに。
12弦ギターとバンドリンを抱えた秋岡さんと幡ヶ谷駅で合流。一緒に山手線に乗る機会を得た。
あれだけの楽器を抱えて電車で移動するのは大変だ。
11時半に家を出て、お茶の水駅に。久々にニコライ堂を見ながら、坂を下る。
VSCのセミナーの準備。
予定していた作業が5分で終ったので、会場入り口で参加者の誘導をしてみた。
近くで講演会があるらしいのだが、その会場である「全電通労働会館」が判りにくいらしく道を尋ねる人が数名。
手持ちの資料にゼンリンの住宅地図の縮小コピーがあったので、案内できた。
今日のセミナーの内容はバリアフリーについて考えるための待ち歩き。
有志の視覚障害者の方と車椅子利用者の方と一緒に街を歩く中で当事者意識を持って街を観る視点を養う。
車椅子も貸与され、参加者は互いに乗ったり、押したりする。
ルートは小川町駅から神保町駅まで地下鉄に乗り、地上を歩いて戻ってくる。
出だしでいきなり躓いた。最初に行った出入り口はエレベータもエスカレータもない。
エレベータのある出入り口まで移動。1回に1台ずつしか車椅子は入らない。
地下鉄に乗り込むにしても、駅員との交渉が一々必要になる。
道路は切り下げの段差がちょっと激しいともう登れない。
水はけなどのために斜めになっている歩道は真っ直ぐに進むのが難しい。
歩行や自転車では判りにくい不都合があることが判った。
体験搭乗では、視点が低い事による視界の悪さ、他者からの視線を気にせざるを得ない立場を感じた。
今回の体験学習で一番必要でありながら、身に着いていないとこなすのが難しいと思ったのがコミュニケーションだった。
接客業でもなければ、一人暮らしが長いとおしゃべりをし続ける能力が低下する。
人との間の取り方なども同様のスキルの1つだが、これも接しなければ退化する。
視覚障害者の方のサポートをするときは適切な情報を提供し続けなければならない。
それだけでは互いに緊張してしまうので、他愛の無いおしゃべりが潤滑油になる。
「他愛の無いおしゃべり」が如何に難しいことか。
一輪車に乗るようなもの。出来る人にとっては大した事が無くても出来ない人は継続できない。
勿論、このスキルは車椅子利用者の補助でも同様に必要だ。
逆に言えば、このスキルが未発達な場合、齟齬を生じる。
そして、このスキルが必要な「ケア」を行なう機会は、対象が子供や親などまちまちとはいえ、今後益々増えるだろう。
我々のために態々参加してくれた障害者の方々の言葉
「見下ろして話し掛けるのではなく、(車椅子に座っている)同じ高さの目線で話し掛けてほしい」
「私達(視覚障害者)は文字通り『命懸け』で街を歩いているのです」
セミナー後の打ち上げを御茶ノ水駅前の沖縄料理の居酒屋で。
7時過ぎに退席し、幡ヶ谷に向かう。
たまははきに着いたときには勿論すでにライブは始まっていた。
今日はショーロクラブの笹子重治さんと秋岡欧さんによるDUOのライブ。
1部が終ってから中に入ろうと思ったのだが、入り口を開けて貰ったので中に。
やはり1部が終わりかけるところだった。
1部
天使のキス
サンバの手習い
1部の最後にゲストとしてヴァイオリニストが加わった。
知らない人だったが、「ko-ko-ya」という笹子さんのユニットのメンバーである江藤有希さんだった。
1部終了後、しばしの休憩。座敷にまだ座れる場所があったので、そちらに移動。
笹子さんの手前、具体的には左斜め後。手を伸ばせば演奏中に触れるぐらい。
斜め後なので演奏中はギターに隠れて手の動きが見えない。そんな位置。
2部
デスペール
唇の嵐?
サンタテレザのテレサ:江藤有希さんの作曲
サンチーナ
メモリアス
ピシンニャ
ベベ
マラボイヤード
カラテー
2部は最初の数曲、江藤有希さんが加わって始まった。
改めて笹子さんのギターは凄い。秋岡さんのバンドリンの音も良い。
演奏が終わってしまうのが残念だった。
聞いている分には心地よいが、弾いている方は凄い大変なのだと判っているけれど。
ライブ後はそのままたまははきが打ち上げ会場に。
笹子さん達は本当に弾くのが好きなんだな。
江藤さんが秋岡さんのバンドリンを弾いてみるのに合わせて笹子さんがギターを弾いたり、
江藤さんのピチカートに合わせて秋岡さんがバンドリンを弾きたり。
その様子はよくあるバンド仲間の団欒風景と変わらない。
11時半。流石にまた朝帰りは避けたい。終電に乗れる時間に帰ることに。
12弦ギターとバンドリンを抱えた秋岡さんと幡ヶ谷駅で合流。一緒に山手線に乗る機会を得た。
あれだけの楽器を抱えて電車で移動するのは大変だ。
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