この言葉は死語なのか(汗)。夕べ19時ごろに帰宅。少しだけ休むつもりが完全に意識を失って、気が付いたら2時過ぎ。はふぅ。やはり2日間徹夜すると反動がきますね〜。
 状況を把握して(最初、30時間以上寝たのかと焦った)から、溜まっていた郵便物やメールのチェック。ライブのDMが3通。
 ソーイングマシーン。味のあるバンド。4/25に四谷・天窓で。フォーバレーのビルの2階に新しくできた箱らしい。チャックしに行きたいな。
 続いてマルチアーティスト上野茂都が参加するイベント。4/30。怪しいユニットの一員。渡辺勝、向島ゆり子、中尾勘ニなどという方々と一緒にやるらしい。他の人を知らないのでネットで調べてみた・・・うーむ、ジャズに江戸小唄の三味線で乱入という感じ。対バンに林栄一さんなどがいる。面白そうではある。が、すでに予定が。悩む〜。
 最後は5/13に清香ちゃんが久々にライブをやるというお知らせ。彼女はたまははきで会った岩下清香という歌手。最近はハウス系で人気があるらしい<ネット検索によると。でも個人のライブは本当に久々だと思う。
 共演者の吉田孝(ウクレレ)がどんな人かネットで検索・・・うひゃあ! まー、良く繋がること。見事に円環となってる。PBMで伏線が明らかにされたときの衝撃の様。誰かの作為すら感じるほど。面白いなぁ。リアルRPGってのは。

 バンガローの中で、音楽、漫画、ゲームそしてインターネットについての談義が続く。談義の最中、一人、また一人と屍と化してゆく。お気に入りの曲を紹介しあうということで持ち込んだCDを掛けることにした。ザバ系はみんなフォローしているのでそれ以外のもの。そこでマレフィス、奥井亜紀、オフコースのカバー、そして岩下清香。しかしオフコース以外の3枚はすでに廃盤。薦めても手に入らない・・・(汗)。GAL−POPというブームとそれに翻弄された女性アーティストについての話をした。・・・気が付くとほとんどの人が寝入っていた。私はお気に入り曲を編集したMDをぼーっと聞いていた。そして・・・そのまま朝を迎えてしまった。
 6時。ずーっと曇っていたので冷え込みは厳しくない。フラフラ散歩する。草花に見慣れないものがあった。実家からそう離れていないのに植生が違う?中学時代−科学部、高校時代−生物部だった血が騒・・・ぎまではしないな〜。
 7時。撤収が11時であることを考えて、朝食の準備を始める。まともに起きているのが男性陣ばかりなので、「漢の料理」となる。うどんを作るのだが、残りの食材を全て使い切ることをコンセプトに調理。ネギはナイフでザク切り、豚肉はグフ切り・・・いや適当に。人参も輪切りや半月切りで統一性なし。焼き肉の残りのキャベツとピーマンも戦線に放り込んだ。
 トラブル発生。私が持ってきたガスコンロのガスが足りなさそうだった。膨大な食材を煮込みきれない可能性が出てきた。火が通らない豚肉や人参はヤバイ。最悪、鍋一杯の食材を捨てざるを得なくなる。焦る一同。火加減というか、ガスの残量を確認しつづける私。食材が煮えるどころか、水がグツグツ沸騰する気配がない・・・。結局、受付で薪を購入して竈を作って加熱することにした。木炭と違い、火が着きやすかったこともあって移行はスムーズにいった。
 味付け。でも寝不足のために頭が働かない。醤油を入れる。ドボドボ。・・・ドボドボドボドボ・・・。あの、入れすぎなんじゃ(汗)。寝不足+先程の緊張が解けたこともあって、みんな朝からハイになってる。 茹で麺を入れる。グツグツ。配給が始まる。漢切りされたネギや人参は火力の弱さも相まって、フレッシュな歯ごたえ、野性味ある味。ピーマンの苦みも冴える。大好評!(大汗)
 食後、残り火でコーヒーを沸かす。パーコレーターを使って10年以上経つが、焚き火で沸かすのは初めて。西部劇の雰囲気を一人味わった。
 単なる朝食が思いっきり烈しいイベントになってしまった。みんなぐったり。まだ9時なのに。
 撤収作業を終えて、主催者の希望で温泉に行くことになった。車は2台。全員乗れる。11時過ぎに温泉についた。いいお湯でした。露天風呂もありました。これでリベンジ果たせたか。露天風呂には「長命水」と名づけられた水があった。備え付けのコップで飲む。水道ではない・・・はず。お肌ツルツルになって温泉を上がる。風呂を上がったらやらねばならぬ儀式がある。男衆は牛乳を買い、そろって片手を腰に当てグイッと一気飲み。これぞ正しき風呂上がり。
 お昼の時間。でもここで食事を取る気にはなれない。精算もしたい。今後のことを考えているうちに、閃いた。長瀞から森林公園まではそう遠くない。実はその辺りに知り合いが開いている喫茶店があるのだ。遠くてなかなか行けないのだが、ここからならば近いし、良い感じの店。我々は森林公園方面に向かった。
 道中、「ぽっくり観音」なる看板を発見。ちょっとダークな気分に。「長命」と「ぽっくり」。日本人は死に方までお祈りしなればならないのだ。観音さまも大変だ。しかし、まて。「ぽっくり」という願いは死神の仕事ではないのか?日本は死神まで信仰する国なのだ。寝たきりやボケ老人になって迷惑掛けるぐらいならいっそ「ぽっくり」と。そう思わせるものがこの国にある。なんて素敵にグロテスク・・・。
 風が非常に強い。車中から見える鯉のぼり、元気そう・・・というか暴れている感じ。あちこちに鯉のぼりがある光景は久々だ。
 おおむらさきCGの側にその喫茶店はある。茶房「ほし つき ぴあの」が店名。店主は村松健(p)のファン仲間。彼女の夢が実現されたお店。村松さんの曲が流れる喫茶店。ここで年2回ほど村松さんのライブが彼女と地域の有志によって行われている。店内にはそのためのグランドピアノが保管されている。 お店は流行っていた。事前に電話で予約しておいてよかった。9名、車座になって注文もそこそこにイベントの会計精算を始める。落ち着いてから注文し、お昼を頂く。ここで食事をするのは初めてだった。ライブや喫茶のために訪れたことは何回もあるのだが。ハヤシライス、美味しかった。一緒に注文した季節限定コーヒーの「春コーヒー」、意外なぐらい美味しかった。私好み。 食後、しばしダラ〜とする。窓の外はもの凄い風が吹いているが、ここはピアノの音と静寂が交互に訪れる空間。幸福な休日の午後。
 店主と話をしたかったが、次々入るオーダーを彼女一人で作っているためにその余裕がない。忙しいというのは良いことだ。そういえば、以前アントレか何かの取材を受けたとか聞いた気がする。大変苦労していたときを知っているから、尚更嬉しい。 でも、知り合いだということで、無理矢理話をするのは好きじゃない。また余裕があるときに訪れよう。今日は静かに帰ることにした。
「茶房ほしつきぴあの」のサイト −>リンク
 イベント「天体議会」はここで終わりとなった。最寄り駅まで送って貰い、流れ解散。早くも次回は何日にしようと話が盛り上がっている。
 トラブル続きで作業が進まず、朝5時まで測定作業を続ける羽目になった。それから黒磯発上野行きの始発に飛び乗り、帰宅。急いでシャワーを浴び、出掛ける準備をした。ザバダックのファン仲間による「天文議会」というイベント。琴座流星群の観測。場所は埼玉県は長瀞のオートキャンプ場。
 荷物を纏めて、部屋を出る。道路に黒い斑点が・・・雨?なんて観測日和!蒲田駅近くのコロンバン珈琲店で豆を買う。熊谷駅で待ち合わせ・・というか勝手に主催者を待つ。その間に、何故か沖縄物産展でシークァーサーを購入してたり。秩父鉄道に初めて乗った。駅名判らず。大麻生?車窓からの景色に和む。主催者は「この風景、ツボ〜ッ!」とツボ発言を連発。頭の中で「ツボ=壺」と変換して、怖い考えになってしまった(汗)。寄居駅でSLとすれ違う。そして、樋口駅に到着。ここですでに到着していた他のメンバーと合流。9名、オートキャンプ場までテクテク歩く。途中、久々に嗅ぐ田舎の香水。「う゛〜ん、すめる・すうぃ〜とっ!」
 会場は荒川河川敷の側、キャンプ場はラフティングも体験できるらしい。「ラフティングかぁ・・・結局、探検部にいても一回も参加しなかったなぁ」などと感慨に浸ってみる。バンガローを2棟借りていた。男性用と女性用。部屋は・・・四畳半。板の間にゴザが敷いてあるだけ。うーむ、簡素ですな。大荷物を降ろす。シュラフ、ブランケット、防寒具に雨具、そしてパーコレーター一式。それとMDやCDなどなど。一人だけ登山装備。他の人はハイキング装備。ぐふぅ。
 すぐに夕食もとい宴会の準備。最初、外食で済まそうという話だったのだが、作って食べた方が面白いよと提案していた。学生の頃、よく近くの浜や山間の河原などでアウトドアコンパしていたので、それの楽しみを知っていた。受付で鉄板などを借りて焼き肉の準備。車でやってきた人に予め食材調達をお願いしていた。それ以外に足りない物を受付で購入。
 キャンプ場の隣の野菜直売所が気になっていたので覗きにいった。椎茸を売っているはず。まだ開いているのか不安だった。おばさんとおばあさんがいた。「あ゛・・・」二人とも山盛りにジャムを載せた食パンを食べていた。突然のお客に焦り、恥ずかしがる二人。機先は制した?「おいしそうですね〜(笑)」と第一声。第一印象ロール、クリティカル。おばさん、ジャムの説明をしてくれた。長野の蜂蜜業者が作っている防腐剤無添加のリンゴジャム。冷蔵庫にいれないとすぐにカビが生えてしまう。「ああ、学生の時、先輩から手作りジャムを頂いたことありますけど、そうなんですよね〜。」自分も作ったことがある。紅玉で作った手作りジャムは美味しい。「味見する?」とおばさん。「えっ、いいんですか?」 手のひらにスプーン山盛りのジャム。食べるとあまり甘くない。固形が残っている。私の好みだ。「美味しいですね!」「じゃあ、もう一杯いかが?」頂く。
 このままでは何しに来たのか判らなくなる。椎茸を一袋購入。「あ、菜っぱは食べるかい?」「? はい・・・」 チャララ、チャッチャ〜♪〈DIRASは菜の花を一束手に入れた。〉「脇に置いてある葉ネギ、好きなだけ持っていって良いよ」 チャララ、チャッチャ〜♪〈DIRASは葉ネギを袋一杯手に入れた。〉 椎茸もさらにおまけしてもらい。お礼を言って、みんなのところに戻った。 チャララ、チャッチャ〜♪〈DIRASは『おばさんキラー』の称号を手に入れた。〉 ちょっと、待った〜っ!!!(滝涙)
 その後、木炭で火をおこす。久々の火遊び。楽しい〜♪ 風呂が19時までなので、入りにいった。露天風呂という話だったが・・・シートが掛けてある。内風呂に入るしかなかった。
 次第に闇に包まれてきた。広い敷地には我々しかいない。やった〜!貸し切りだ〜!多少騒いでも大丈夫だ〜! そりゃそうだ。雨が降るかもしれなく、かつ先日とは打って変わって冷え込んだこんな日では。曇天。流星観測って何?
 こういうときは『ポリアンナ式良かった探し』をするに限る。「わ〜!お陰で宴会に力を入れられるワ!飲み過ぎて、潰れても大丈夫。曇っていて、良かったっ!!」 そして、事実、そのような展開になった。ガンガン食べて、ガンガン飲んだ。主催者の「お酒、余り飲めない」の『余り』の示す範囲について考察する機会を得た。いやぁ、カパカパ空きましたね〜、カクテル。誰もが「琴座流星群」を忘れた。たくさん話をしたが、酔いのためもあるか余り覚えていない。「クイックジャパンのスパンクハッピーのインタビュー、凄いですね!書店でインタビュー読んで吹き出したの初めてですよ!」
 有志により、ギターとミニキーボードとリコーダーでザバダックの「ポーランド」が演奏された。「天体議会」、今は無き五島プラネタリウムの「ザバネタリウム」や「アキネタリウム」で星空を見ながら好きな音楽を聞くことの素晴らしさを知った人達が「本物の星空の下でそれができたらいいね。」という趣旨で始まったイベント。音楽を聴いたり、演奏したり、歌ったり。私はソプラニーノを持ってくることを忘れていて演奏に参加出来なかった。代わりにパーコレーターで紅茶を沸かして振る舞う。茶葉は頂きもののレピシエのアールグレイ。その後、話題が「紅茶王子」に行ったような・・・。
 お腹も一杯、酔いもいい感じになってきた。冷え込んできたので、バンガローに移ることに。男性用の棟に全員入って、おしゃべりは続く・・・
 そうちょくちょく書店に行かない私は、その反動もあってか、たまに書店に行くと読みたい本を積み上げて買ってしまうことがある。出張という非日常が後押しするのか、今回も資料と自分を納得して色々な本を買ってしまった。

 江原由美子「フェミニズムのパラドックス 定着による拡散」
 大日向雅美「母性愛神話の罠」日本評論社
 上野千鶴子 編「構築主義とは何か」

 私がフェミニズムに関心を持つようになったのは、ある女性の言葉が原因だった。
 「どうして女が子供を産まなきゃならないの?」
 それが当たり前だと思っていた私には答える言葉が無かった。

 「産む性」を「産むことを選択できる性」ではなく「産まなければならない性」と認識していたのだ。特に結婚後の状況下では。私のフェミニズム研究はあのとき答えられなかった問いの答えを探る行為だ。
 きっかけは「問い」、そして思索の演習場はPBM。
 1つの問いは背後に多くの問いを抱えていた。それはまさに女性学的問題であり、それは男性も、それ以外の性も含んだジェンダー論に繋がる問題でもある。そしてそれは少子化問題を抱えた日本という国が抱えている問題でもある。ちなみに、不景気だから少子化が進んでいる訳ではない、産み・育てることの重みに「産む性」の女性が後込みしているのだ。つまり少子化問題は構造改革問題なのだ。

 それにしても・・・いくら食費を削って倹約したところで、こうやって衝動買いしてしまったらお金が貯まるはずないよな〜。
 トラブル続きで作業が終わらず、ゼミを無断欠席してしまった。
ゼミといっても、順番で担当が回ってくるようなゼミではない。有志による講義をゼミと呼んでいるだけだ。内容も仕事とは全く関係ない。
 久が原に平日は19時〜21時の間しか開いていない古書骨董屋がある。そこで月に1回、講師を呼んでゼミが行われている。講師は東京芸術大学の竹内先生。前は五島美術館にいらっしゃったそうだ。茶器とその周辺についてのお話。先生手製の資料(コピー)を元にスライドなどを使ったり、店内にある骨董を使ったりして講義は行われている。
 昨年秋、何気なく立ち寄った骨董屋の主人と話し込み、「今度、こんなことをしようと思うのだけれど、いかが?」と誘われた。陶磁器の価値に付いては、判らない点が多い。TVの鑑定番組を見ても、何が「よい品」なのか判らない。しかし、厳然と評価は存在している。その評価パラメータは「芸術的価値」なのか「技巧的価値」なのか、それとも「歴史的価値」なのか。判らない故に、また興味があった。話を聞いて、「こんなところでゼミをやるのか〜。そのこと事態、面白そう〜!!」「将来、RPGに於いて役に立つかもしれないな〜(まず、ないだろうが(苦笑))」というような考えが浮かび、参加することにした。
 ゼミ参加者は10名。店内スペースの大きさによって定員が決まった。開催当初はゼミの方針も決まっていなく、暗中模索状態だった。それが、2月から「『山上宗二記』と名物茶道具」というテーマで進むことになった。今回はその第3回目のはずだった。今回もそうだが、何故か出張と重なる。前回の話が面白かっただけに、残念だ。
 前回のゼミでは何種類かある「山上宗二記」を比較し、そこで述べられている「名物」の中で、現存するもののスライドを見た。今のところ、限りなく文献研究。戦国時代の武将と「名物」の関わりなど歴史的関心を満たしてくれた。茶壺が保存だけでなく、熟成のためのものでもあったとは知らなかった。「名物」の茶壺に入れておいた茶は実際に美味しいらしい。つまり見た目だけでなく、実用的にも意味のある名品だったことになる。このことは私にとって、意外なことだった。スライドを見ながら、現在どこに所有されているかとか、個人蔵を見に行ったときの話を聞いた。大徳川家なんて初めて知った。
 今回は前回の続きなのだが、どんな話が展開されたのだろう。残念だ。次回は5/17。この週はイベントが目白押し。出張が有りませんように。
 それにしても、この縁、いかにもRPG的ではないか。もしあの頃、久が原の商店街を散策していなければ絶対フラグは立たなかったのだ。「芸術」というと堅苦しいが、私とそれらとの関わりは大概こんな感じで始まっている。

 作業を中断して、宿泊施設に戻ると入り口に子犬がいた。まだ毛がもこもこしている。
首輪があるかと見てみると無い。跡の様なものがある感じなので、逃げたのか、放たれたのか。毛並みがいいので、最初からの野良犬とも思えない。瞳がクリッとしていて、とても可愛い。昔のサントリーのトリスか何かのCMに出てきた子犬の様。
 宿泊施設は独身寮。誰かがこの子犬に餌を与えているのだろうか?人懐っこく、遊んでくれるのを待っている。

 小学生の頃、遊び仲間と捨て犬を見つけたことを思い出す。神社の社屋の下、子供達の秘密基地のようなところにしばし隠して餌を与えたりした。その頃は実家に飼う余裕もなく、かといって他の友達の家も飼うことが出来なかった。結局、どうすることもできず、また捨てるしかなかった。子供であることの無力さを感じ、早く大人になりたいと思ったのはこの頃からだろうか。何かに対する憤りの裏側にはそれを解決できない自分の無力さに対する怒りがある。

 それにしても、放し飼いにしてはずっと居続けている。どうやら、飼い犬ではなさそうだ。となると野良犬か。
 野良よ、野良、お前は幸せか?くるりと巻いた尻尾をパタパタ振るわす、幼きその姿。野良犬は野犬と飼い犬の間をモラトリアム的に彷徨う。自由と安寧、どちらを得ることが幸福なのか?孤立と従属、どちらが辛いのか?
 
 何にしても、未だ飼うことの出来ない私はじゃれるお前と遊んでやることしか出来ない。見守ることしか。早く大人になりたい・・・

 黒磯周辺の施設に出張。測定作業。
 2回花見が出来るかと思ったが、さすがにこちらも葉桜になりかけていた。
 出張先からでも個人メールを送受できるようにモバイル端末を持ってきたのだが、アクセスできない。どうやら、ログアウト作業がうまく行っていないようだ。・・・え、繋がりっぱなし状態?嫌な予感がするが、プロバイダーに対しては無制限コースを登録しているので、課金に関しては問題ない・・・はず。
 それにしてもメールの送受が出来ないとは困ったことだ。今ではメールは本当に当たり前のツールになっている。ちょっとした連絡事や相談事もメールを介することが多い。気がつくと、なくてはならないものになっている。・・・束縛されている?
 メールや携帯など無ければどうにでもなるものかもしれない。実際には便利さ故にそれなしの生活が考えられなくなっている。自分たちはこれらがない時代からある時代へ移行するのを見ている世代だ。最初から当たり前にあるという世代はどんな世界観を持つのだろう。少し前まではSF設定の話だった。だが気が付くとそれは現実のものとなっている。
 一頻り、「TVゲームなどのVRによって子供達が云々」という批評が流行った。でも、子供達の本当の変質はこれからだろう。子供達の人生に『ゲーム』がどんどん入り込んでくる。閑話休題。
 メール不通の、「孤立」の不便さを味わうのもまた一興か。まだネットにアクセスできない状況ではないのだから。
 出張前に会社に寄りたくて、南武線の始発に乗ろうとした。
 駅まで向かう途中、水色のカードが落ちているのに気がついた。定期券だ。私もなくして金銭的に辛い目にあったことがある。駅に届けてあげよう。
 手に取って見てみる。期限が切れていたら意味がない。ふむふむ。「13.4.19まで 継続」 ならば、まだ有効だ。「品川←→矢向」か、川崎で乗り換えるのだな。私の通勤路とオーバーラップしてる。
 定期券には名前、年齢、性別が記載されている。あまり見ては行けないが、ついついその個人情報蘭に目が行ってしまう。
「レオナルド・・・外国人か、落とし物を見つけるのは大変だろうなぁ。」
一人で外国に来て、働いている青年の姿が思い浮かんだ。頑張っている姿。
 さて、視線はその先に進んだ。
「でぃ・・かぷ・・りお・・さんか・・・ディカプリオ〜?!」
そう、そこには『レオナルド ディカプリオ』と書かれていた。

 「そうかぁ。レオナルド・ディカプリオさんかぁ。毎日、矢向から通勤、大変だなぁ」
 「一ヶ月定期とは、また細かい」
 「ということは、ここを通ったんだ〜」
 「身近に感じるなぁ、レオナルド・ディカプリオさん」

 早朝の尻手駅。駅員に拾得地点を説明して、落とし物を渡した。
今日か明日には尻手駅か矢向駅の拾得物連絡ボードに名前が記載されるだろう。
『4/16 レオナルド ディカプリオ』と。

 メールが来た。観劇のお誘いのDMだ。
 演劇は好きな方で、興味のあるものを見に行く。リスクが高いのでそうちょくちょく見に行ってはいないが、まれに酔狂にも新潟まで出掛けることも。
 今回は劇団からではなく、俳優の所属事務所からのDMだった。

 増田未亜。俳優(女優)として大成してほしいとチェックしている。しかし、「元アイドル」という肩書きは重い。彼女のことを全く知らないで観る人ならば、素直に観ることができるのだろうが。
 私はアイドル時代の彼女をよく知らない。しかし元アイドルであることを知っている。なので両者の中間の立場で彼女を観ている。
 タレントとして認識したのは、ある地方TVが放送した豪雪地帯の雪祭りの番組のレポーターとして出演しているのを観て。知人がファンだったので、「おお、あの人か」という感じだった。雪降る中、会場の人に八海山か何かを貰って美味しそうに呑む姿が印象的だった。「日本酒、呑むんだ〜」 親近感(爆)。
 それから日々が過ぎた。それ以降、TVで見かけることもなかったので、引退したのかと思っていた。ある日、ネットを徘徊していると俳優として活動していることを知った。そして、近々演劇に出演することも。かぐや姫役。その後、『貸席の女郎』という劇に出演する。貧しさ故に女郎として売られた悲しい娘役。元々の清純さが上手く活かされていた。が、それは演出の話で、増田未亜という役者の演技を計るには物足りない。というか、現実世界で偶像化されている彼女のイメージの延長でしかない。そのイメージを劇に持ち込んで、1素材として使われている感じがした。現行のそれを破る役を得、演じこなすことを期待するのはまだ無理な注文なのかもしれない。
 ・・・などと変なこだわりを持って見守っている。結局、私も「元アイドル」のファンでしか、過ぎないのか。
 いつか、彼女が篠田真由美『彼方より』の美貌の青年プレラッツィ役をやることを、やれるだけの役者になってくれることを望んでいる。ジル・ド・レ役は渡辺謙さんかな。

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 渋谷はAINAというフラスタジオカフェで鈴木亜紀という歌手のライブがあった。(先日話題にした人とは違います)
 会場はNHKと渋谷消防署(現在、工事中)の中間ぐらいのところにある。不思議な空間だった。マンションの2階を全てぶち抜いた空間。サンディーさんというフラダンサーのダンススタジオとカフェが壁を取り払って、一繋がりになっている。まだ先月オープンしたばかりだという。
 最初、カフェの方に入ったのだが、スタジオに通された。覗くと、スタジオのフローリングにゴザ座布団が点々と置いてある。その先、カフェから見えるところにグランドピアノ。カフェのお客さんにも見える仕組み。ライブの観客は壁に隔てられて、カフェは見えない。
 今回はピアノ、ベースそしてパーカッションという構成なので、ピアノに向かう亜紀さんの顔が見え、かつベースとパーカッションの音がよく聞こえる場所に座った。19時開演ということで18時40分ごろに着いたのだが、私が一番のお客だった。後から、種ともこMLの知り合い(仮称:だむだむ人)やたまははきの知り合い(N氏)がやってきた。だむだむ人さんとようやく対面できた。前橋で亜紀さんのライブがあるというので、行きますと言ったのだが都合で行けなくなってしまった。その後、大塚のWELCOMEBACKでのライブがあったのだがこちらも・・・(沈)。そんな折り、知人のN氏が私に間違われて「○○さんですか?」と声を掛けられたらしい。先日のお祝いの場で、「○○と間違われるなんて〜!!」と突っ込まれた私(汗)。混乱を招いたことを謝ることができた・・・はず。
 だむだむ人さんが「上の階は住宅なので、21時までしか演奏出来ないらしいです」と教えてくれた。でも、もう19時過ぎているんですけど・・・大丈夫? と、心配していると、亜紀さん登場。MCもそこそこに歌が始まった。

 私が鈴木亜紀を知ったのも、たまははきだった。ショーロクラブなどで活躍している笹子さんにプロデュースされていたこともあって、笹子さん達のライブを見に来たのがたまははきとの縁。打ち上げで乗せられてアカペラで自分の歌を歌ったことがきっかけで、たまははきでライブをすることに。それが私が聴いた初めての彼女のライブ。それ以降なかなか見に行けず、今回が2回目だった。
 本人のキャラクターはとてもさっぱりしている。今時珍しく、出身を意識した歌い手。焼津の女。聴かせるものであるけれど、作るのは自分のために。沸き上がった様々な想いと感情を歌という形にしなければならない・・・だから作った。そんな歌が多い。自分の家族を題材にした歌が多いのが印象的で、そこに地に足の着いたものを感じる。もう1つのテーマは女であること・・・だろうか。

 ライブを聴くために来た人達だけでなく、カフェのお客も聞こえ、横からであるが見ることもできるために、あちらからも拍手がくる。カフェの方にも一度行ってみたくなった。
 ピアノの弾き語りにベースとパーカッションが重なる。ある歌でビリンバウが印象的に使われていた
ライブ全体を通して浮かぶイメージは、夏の終わりの夕暮れ時。夕焼け小焼けで日が暮れて・・・。
ライブは21時きっかりに終わった。
 限りなくオフィシャルなサイト −>リンク

 よくアンケート欄に「あなたが定期購入している雑誌は何ですか?」という問いがある。
 この問いに困っている。あまり雑誌を買っていないからだ。学生の時の方が色々買っていた。天文ガイド、カメラマン、Be−PAL、CM−NOW、RPGマガジン、メージュ、ロード、OUT・・・止めよう、危険だ(汗)。
 つい保存してしまうので、それを避けるために雑誌はなるべく立ち読みで済ますようになった。よほどじっくり読みたいものでなければ、買わない。少年漫画雑誌はもちろん、AERAやSAPIOなど、いわゆる週刊誌も長旅の暇潰しでもなければ買わない。dancyuやコンピュータ雑誌などの情報系は買うこともあるけれど、それも特集によりけり。定期購読とはいえない。
 結局、現在定期購読しているのは次の漫画雑誌2誌のみ。「ヤングアニマル」と「ヤングユー」。え、両方とも青年誌じゃないかって?(汗) いや、「プチフラワー」もよく買いますが・・・。
 ともかく、さすがにこれらを回答として書けないだろう〜。こうしてアンケート欄は空白か、ぴあやAERAなど演出した回答者にふさわしい雑誌名で埋めることになる。
 ヤングアニマルは「ベルセルク」という漫画を読むために購入するようになった。ハードな冒険ファンタジーといったところか。重厚で濃厚な世界観を醸し出さなければならないので、アニメは難しいだろう・・・え、アニメ化したの?
 ヤングユーは「Papa told me」という漫画をチェックするために買い始めた。それ以外にもトルコで暮らしている漫画家のレポートなど面白い。・・・というか、トルコ旅行に行く時に参考にした。「エクメク〜ッ!!」 エッセー的なページが面白いので買いつづけているのかもしれない。武内直子の子育てエッセイとか。

 と、いうわけで定期購読している2誌をコンビニで買ってきた。

 そろそろ、これを読まれている方も呆れ始めているのではないかと懸念してみたり(汗)。
 昨日に引き続き、チケット入手。今日と明日にかけて優先予約しているライブの予約電話をし、送金。
 「カズン」というユニットをご存じだろうか?いとこの男女二人による美しいハーモニーを覚えているかもしれない。「冬のファンタジー」という曲が以前ヒットした。
 少し前まで古賀いずみさんの出産と育児休暇ということでカズンというユニットとしては活動を停止していた。その間、漆戸啓さんはかなり迷走していた。ソロ活動をしてみたり、イラスト作成に注力してみたり・・・「拡散」状態だった。音楽活動を辞めようと思ったこともあったらしい。
 惑うことは悪いことではないと思う。自分を見つめ直す良い機会になる。活動再開した彼らは前よりも肩の力が取れた感じがする。それも深みの表出の1つではないだろうか。ライブは親類の方々が多く見に来られることもあってか、ホームパーティの雰囲気がある。もちろん昔のファンクラブ会員、つまり昔からのファンが観客に多いこともある。それにしても南青山MANDALAという場所を考えると面白いことだと思う。そして、それがカズンらしさなのだろう。
 アルバムは出ていないが、ライブでは新曲も沢山聴ける。「花冷え」という言葉に惹かれるようになったのは、ここでまさに「花冷え」というタイトルの歌を聞いたせいだということを思い出した。また暖かい歌を聴けるだろう。

>ライブ日時  2001年6月7日(木)
>       開場18:30 開演19:30
>場   所  南青山MANDALA
>       (地下鉄銀座線 外苑前駅 徒歩3分)
>料   金  ¥5000(ドリンク代・消費税込)

オフィシャルサイト−>リンク



 今朝、T社にPBMのPC行動指針書を送付した。

 昨日、5/1の予定が埋まった。今日は5/2の予定が埋まることになった。
これで4/28〜5/3まで、毎日何かしらイベントがあることになる(汗)。

 一通のメール。ライブのお知らせ。唄を歌えなくなったカナリア(ピピネラ)が今春本格的に復活する。
 奥井亜紀。私はFM東京系の深夜ラジオのDJとして知ったのだが、幾つかアニソンを歌っているのでその歌を聞いて知った人の方が多いようだ。
 生真面目なところがある人だからファンの想いに引きずられてか、いつしか歌うことが出来なくなっていた。いきなり事務所を辞めるという衝撃的な引退だった。歌を1つ作るのはそう難しくない、だが作り続けるのは非常に大変な作業だ。
 精神的に追い込まれての引退故に復活は難しいのではと思われていたが、彼女の歌を待ち望むファンはそれでもサイト運営や歌の普及など活動を続けていた。熱心なファン活動。でもそれはエゴだったのかもしれない。
 ファン。からい表現をすれば、心身を削って作られた甘露を口を開けて待っているだけ、味わうだけの存在。そんなファンのひたすら次を求める声がいつしか重荷になることもある。創造者ではなく、供給者になってしまって。ファンは人を育てるが、時に潰すこともあるのだ。
 それでも・・・忘れ去るには、過去のものにするには余りに忍びなかった。彼女の歌に救われ、彼女の歌を愛するファンは彼女の幸福を願っていた。二度とステージに立つことがないかもしれなくとも。いつか、彼女の人生の軌跡が歌を歌うこととクロスする、歌うことを愉しめる日が訪れることを望みながら。
 雪解けの兆しを感じたのは、あるアニメのエンディングテーマにボーカルとして参加したことを知ったときだった。そして今年、2/5四谷フォーバレーで久々にファンの目の前に現れた。スリムというより痩せたその姿と新曲の歌詞の大仰さに感じるものがあったが、瞳の輝きとライブハウス中に響き渡る声は力強かった。

 5/2 渋谷 エッグサイトにて「夏も近づく八十八夜ライブ」。当日発売のシングル「大樹」を携えて。会場ではすでにチケットの前売りが始まっている。それとは別にオフィシャル宛に振り込む購入方法がある。早速、近くの郵便局で振り込んだ。

 趣味の領域で、幾つかのMLに登録している。今でこそ音楽業界もオフィシャルサイトやファンサイトなど色々あるが、それでも全てのアーティストのサイトがあるとは限らないし、またその使い勝手も様々だ。そういう訳で、情報収集が難しい(少なかったり、網羅するのが大変だったり)アーテイストの場合、MLは大切な情報源となる。また、そこはファン同士の交流の場でもある。誰でも知っているような歌手ならばともかく、そうでなければ個々のファンは割と孤独だ。MLみたいなファンを繋げるものがなければ、周りに共に語ったりライブに一緒に行ったりする知り合いが見つかるかどうかは運でしかない。

 2年ほど前から「野田幹子メーリングリスト」というMLに参加している。野田幹子さんはちょっと昔にα−7000というカメラのCMソングを歌っていた人なのだが、知らない人も多いかもしれない。爽やかな歌を歌う人。今はソムリエの田崎真也氏に師事してソムリエールとなり、「シンガーソング・ソムリエール」として活躍している。そんな彼女のファンによって運営されているML。
 5/1にオフ会を催すとのメールが届いた。場所は六本木、会費は10〜18K円(!)とのこと。会場が会員制ワインバーであるためにこんな金額設定になっている。決して半端な金額ではない。でも2次会や3次会無しで済ませられれば、そう無茶な値段でもない。(3次、4次まであるオフ会だと合計でコレぐらい行ってしまうことも)
 実は前のオフ会にも出たことがある。あのときは確か10K円だった。場所柄、堅苦しいのかと思ったが全くそんなことはなく、和気藹々とした雰囲気だった。料理やお酒も美味しかった。最初の乾杯が寒梅だったのには驚いたけれど。残念だったのは会話が弾みすぎて、出されたワインがどれほどのものか理解しないまま呑んでいたこと。美味しかた・・・ことだけしか記憶にない(汗)。

 さすがに逡巡した。が、結局そんな楽しかったひとときを思い出して参加希望のメールを出した。

 一昨日遊んだツケが昨日に回ってきた。引っ越し先の部屋の片づけに一日中掛かってしまった。
 何しろ急いで荷物を運び入れたものだから、段ボール箱やら紙袋やらがそこら中に無造作に山になっている。本当に寝るだけのスペースしかない。(いつか見た光景・・・)
 物を棄てるのが下手ななので、徒に荷物がたまっている。今から思えば、リサイクル法が施行される前に処分しておけば良かったと思うものも数々。(冷蔵庫は痛い〜) リサイクル法は関係ないけどPC−9821AP2の5インチFDDバージョンとか〜(涙)。ディスプレイもあり(大涙)。
 棟は同じなのだが、角部屋とそうじゃない部屋との違いで、前の部屋と今度の部屋は形や収納スペースの構造が異なっている。荷物を単に移動させればよいという問題ではなかった。
 問題は20箱の段ポール箱。その半分が書籍、雑誌、過去のPBMの交流の手紙など。衣類に比べると非常に重い。雑誌や学会誌などは処分しなければと思うが、それに取りかかると更に填ることが予想されたのであえてせず。
 早く部屋を片づけないと絵が可哀想だ。絵といってもそう値が張るものではない。画廊で購入したポスター。でも額装されているのできちんとしたものに・・・見える。何しろ嵩張るし(違)。絵の中の女性を救い出すためにも、この惨状を何とかしなければ(ォ。
 暫しの格闘の後、膨大な段ボール箱を前に収納スペースに押し込むことを諦め、逆の発想で攻めることに。つまり部屋に如何に展開させるかという方向に転換した。重い書籍関係の箱を積み上げ・・・箱で作るミニギャラリー(爆)。取りあえず、形は出来た。絵を飾る。・・・背景のむき出しの段ボールが辛い。後日、これを隠すための布地を購入することにしよう。
 こうして、10箱の段ボール箱によって展示スペースが出来た。今、一番不安なのは地震。睡眠中に横揺れされたら、頭に直撃して確実に死ねそう。補強しないと・・・(汗)。

 それにしても、昨日はザバダックのインストアライブや「KBB」のライブなど行きたいイベントが沢山あったものを・・・(沈)。
 気落ちもあるが、疲れのためか熟睡できず、今日は調子の出ない一日だった。

 深夜、JR川崎駅の近くのラーメン屋で深酒後のラーメンを啜りながら、新聞を読んだ。そこで4/6にDV防止法が成立したことを知った。

>DV防止法が成立、10月に施行
> 暴力を振るう配偶者から被害者を守るドメスティックバイオレン
>ス(DV)防止法が6日、衆院本会議で可決、成立した。今月2日
>の参院への法案提出から5日間でのスピード審議で、10月から施
>行の予定。(共同)

 DVという言葉の広まりを考えると、法案提出と成立のスピードに驚かされる。記事に寄れば、その中身は対症療法的なものだ。とはいえ、対症療法的で悪いと言うわけではない。出血している怪我人には、まず輸血と止血が必要だ。それと同じぐらいDVも切迫した問題だということだ。
 私の知人にはシェルターに逃げてきた人達を援助する側の人も、そして実際に逃げ込んだ人もいる。双方の話を聞いて、深刻な問題であることを知っている。
 DVに晒されている人は大概、絶望して、その暴力に甘んじている。もっと残酷な状況では暴力を愛情表現だと誤解、盲信している。彼女達はそれが己の運命だと思い込んでそこから動かない。脱出する力は巧妙に封印されている。
 援助する側の話によると、一時避難するけれど、また元の場所に戻ってしまう人が余りに多いという。戻る理由が悲しい。自分の為ではないのがほどんどだからだ。残してきた子供が不憫だ。この子にはやはり父親が必要だ。私がいないとあの人は・・・。問題の本質を解決する事無しに戻っても、事態は繰り返されるばかりだろうに。
 逃げた人の話から、如何に専業主婦が経済的に弱い立場にあるのかが分かる。妻が財布をぎっちり握っている家庭ならばともかく、夫や他者に金銭管理の主導権がある場合、妻の個人的に自由にできる金額は限界がある。更にパートなど外で働くことを禁じられ、現金収入を得る手段がない場合の専業主婦はいざ「酷い状況」から逃げ出して暮らして行こうと考えた時、経済的に非常に厳しい立場にいることに気付かされる。
 DV防止法は緊急避難の場所を提供してくれそうだ。今あるシェルターの供給量は余りに少ない。少ない上に公営のシェルターは域外の避難者を受け入れられなかったり、民間のシェルターは予約待ちが一杯で入れないという有様。これが解消されるだけでも、効果は大きい。
 シェルターで暴力の嵐から一時的に隔離され、肉体的精神的体力を回復させた後に経済的、精神的自立の道を探る。「独りで生きて行く力」を身につける。個々がそれを見につけたその先に真のパートナーシップがあるのではないだろうか?

 憎悪と悲嘆は因縁により「遺伝」する。現世代がそれらから逃げずに、真っ直ぐ見据えて「悪しき縁を断ち切る」ことが出来れば・・・現世代が救われるだけでなく、次世代の悲しみの総量も減るだろう。

 起きたら・・・そういう時間だった(沈)。
 品川プライベで同じPBMを楽しんでいる人と会って、話をしたり、自分が持っている情報を交換したり。見ず知らずの人とPBMを通じて知り合う。学生もいれば、特殊な職業に従事している社会人もいる。主はゲームの話題だが、それ以外の話で盛りあがることも。世代が違う人と気軽に出会えるという点だけでも、その価値は高い。認識してなければ、価値は判らないが。
 イベント終了後、幡ヶ谷にあるなじみの居酒屋「たまははき」に。この居酒屋の素晴らしさを語ると日記でなくなってしまう。別の場所/機会で述べたい。興味ある人はgooあたりの検索エンジンで検索してみてほしい。判る人にはここのとんでもなさがわかると思う。
 訪れたのは馴染みの人の結婚祝いのため。彼女達をお祝いするために、20名以上集まって貸し切り状態。皆、ここで出会った人ばかり。下は2歳(もちろんお連れの)、上は・・・歳と幅広い。
 遅れに遅れての参加だったので、いつもの如くブーイングに曝されてしまった。二人に挨拶して乾杯。会費を払った後は「鶴の友 上白」呑み放題。つまみもしっかりした味のもの。ままかりの酢漬けや野草のお浸しなど。変わり種ではイルカと根類の煮物。マグロだと思って食べていた自分。教えられて驚く。
 幸福なひととき。旨い酒に美味しいつまみ、そしてよい飲み仲間。次は誰?○ちゃんかなぁ。とか言っていたが、私のオッズは低いですよん(苦笑)。
 ここでGWのイベント情報を仕入れる。丹沢山中に出かけて行って野草鍋を作るイベント。野草は参加者で採取する。一度参加したことがあるが、とても愉しかった。野草鍋と酒の味は格別。今回は4/29。早速予約した。
 栃木県は黒磯市近郷に出張に行った。その辺りに会社の設備があるのだ。
私の役目は「お掃除」。といってもハードディスクの。10年前に導入した設備の制御コンピュータのハードディスクの容量が飽和していて使えない。どのデータを削除してよいのか?という問い合わせ。人の移動が激しいこともあり、一体どんなデータなのか判らないものもある。とりあえず、一番検討がつきそうな私が出かけることにした。
 そんなものMOか何かにバックアップを取っておけばいいじゃないか?と思われる。簡単にバックアップが取れるならばそうしている。が、ものが10年前のHP−UNIX機純正。FDをフレキシブルディスクと記載されている時代。当時の100MのHDDは広大な空間だった。そういうものをバックアップとなると・・・ストリーマつまりテープぐらいしかなかった。
 そんな諸々の事情があっての出張。あまり生産的ではないが、維持作業というものはそういうものだろう。壊れないのが当たり前。作業はとりあえず順調に終わった。

 東京ではもう散り始めている桜が、こちらでは蕾が綻んでもいない。開花までしばらく掛かりそう。タクシーの運ちゃんに尋ねると来週末辺りから綻び始めるんじゃないかとのこと。測定作業に出かける予定があるので、運が良ければまたお花見が出来そうだ。

 帰り、黒磯駅前のお菓子屋さんで牧歌というお菓子を買った。名前や包装のイラストのセンスが多分に60〜70年代的であるが、味は良かった。ナボナよりも美味しい気がする。くどいので沢山は食べられないが。
 お気に入りの桜がある。昔の通勤路でいつも見ていた桜だ。
天然温泉の久が原湯に面した通りを西に、安祥寺脇の道を通る。ここにある小さな枝垂れ桜が可憐で好きだ。枝振りも控えめなのだが、そのときだけ白くて細長い指先のような花びらを広げる。ちなみに、安祥寺は 「ブラザーズ」という中居くん主演のフジ系ドラマの「長永寺」のロケで使われていた。ある日、脇道を通ろうとすると中高生の一団が屯っていた。お寺の駐車場にはバスが2台ほど止まっていた。境内ではライトのセッティングをしていた。まさかドラマの撮影だとは知らず、一体何なのだろうと疑問に思いながら通り過ぎていた。あの女の子達は追っかけだったのだろう。閑話休題。
 安祥寺を抜けると八幡神社がある。この辺り、坂になっていて低地と丘陵地の境になっている。境内から周囲に伸びる桜の枝々。坂は左右にある桜の大枝に覆われ、花咲くときには天然のアーケードのようになる。
 今でこそ高級住宅地として知られているが、30年ほど前までは近郷野菜の供給地として一面農地だった。池上線から見えるのはキャベツ畑ばかりだったという。この辺りは僅かの間に激変したのだ。
 住宅地として売られるとき、昔あった木々は伐られてしまうことが多いが、久が原では割と残されている。さきほどの桜のアーケードも昔からのものだ。
 久が原駅前のライラック通りの裏通り、個人宅に古木の枝垂れ桜がある。この枝垂れ桜の花びらの色がいい。先程の白いものと対照的に、こちらは紅い。細く垂れた枝にパッパッと咲いている。線香花火のように。花びらは薄紅。たおやかな和服姿の女性が見せるほろ酔い加減の頬の色。湯上がり後の唇の色。
 その先、渡哲也さんの自宅を過ぎるとまた大きな桜の木がある。枝が道路の向かいまで伸びている。これが久が原駅までの道のりの最後の桜。
 美しい枝垂れ梅の花が咲く家。まめに手入れされた鉢植えに覆われた家。毎年、春は花を楽しみながらの通勤だった。

 昨夜、桜達を確認するために久々に久が原駅を降りた。昔の寮までの道のり。商店街の移り変わりの激しさに戸惑いながら散り掛けている花を愛でた。目的地の八幡神社。去年、一昨年もここで友人と二人で夜桜を楽しんだ。
 神社の階段に座る。真正面の壁越しに安祥寺の墓地が見える。遙か遠景では夜空にゆっくりと浮かぶ飛行機の光。さらに見上げると桜花が視界を埋める。電柱に設置された「止まれ」の看板から発せられた、赤い光がソメイヨシノを紅く染める。風もなく、静かな時間が流れる。途中、コンビニで買った酒とつまみで小さな宴会。ボーッと紅い塊を眺めながら。

 小一時間ほど眺めていただろうか。さすがに肌寒くなったので、その場を離れた。安祥寺脇の枝垂れ桜はすでに散っていた。花の命は短くて。命短し・・・。
 ここまで降りてきたのだからと久が原駅に戻らずに池上駅まで歩いた。ここの商店街も変化が見られる。池上には日蓮が入滅したと伝えられる池上本門寺がある。駅から近いのだけれど、また一度も訪れたことがない。力道山の墓所があるそうだが・・・。御会式を見たり、すぐ近くの池上梅園へ訪れたりはしているのだけれど。
 ひょんな思いつきで動いたのだが、なかなか良いひとときを過ごせた。

 堺市立文化館 アルフォンス・ミュシャ館からDMがきた。
  [リンク]
 企画展「ミュシャ・スタイル」の案内とのこと。
DMの文面からは具体的にどのような企画なのか伺い知ることはできなかった。
会期は平成13年2月16日(金)〜6月10日(日)。
 なぜ私のところにDMが来たかというと、以前2回ほど訪れたことがあるからだ。今はJR阪和線堺市駅の側にあるが、前は南海鉄道堺駅の側にあった。移転前後、それぞれ観賞に赴いた。
 アール・ヌーヴォーを代表するムハの影響は至るところで見られる。例えばファンタジー系イラストやアニメーション。装飾デザインの元はここに寄るものが多い。そして逆にそこから、ムハに辿り着いた人も。
 縁あって、「アイリス」を預かっている。
 インターネットのお陰で、ムハのファン同士で情報交換したり、語り合ったりすることが出来るようになった。以前は周りに同好の士を探すのは大変なことだったが、今は検索エンジンを使えば、遠方の人と手を繋ぐことができる。ムハのファンによるオフ会が開かれるなんて、10年前では信じられないことだ。
 ミュシャ掲示板->[リンク]
こちらにアルフォンス・ミュシャ館の学芸員らしい人の書き込みがあったので、今回の企画展の様子が判った。

 東京圏でアルフォンス・ムハ関係の展示会としては近々次のようなものがある。大変な人出になることが予想されるが、観賞に行きたい。

>「アール・ヌーヴォー展」
> 会期:2001年4月21日(土)〜7月8日(日)・月曜休館
>  ただし4月30日(月・振り替え休)と翌5月1日(火)は開館。
> 会場:東京都美術館(東京・上野公園)
>  開館時間 午前9時〜午後5時(入館は閉館30分前まで)
>  ただしG-WEEK中の4月28日(土)から5月6日(日)は午後7時まで開館。
  特設サイト->[リンク]


 書き込みを書いている内に、前回アルフォンス・ミュシャ館を訪問した時のことを思い出してしまった。展示内容そのものでなく、見学時に携帯に掛かってきた一本の電話。以前から寝たきりになっていた祖母の訃報だった。「自分は一体、どこで何をしているのだろう」という自問と足下が微かに揺れるような浮遊感を覚えている。

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